ヘモグロビンちゃんの思い出
最近、少し歩くと動悸息切れが激しい家人だが、検査をしてビックリ。血液中のヘモグロビンの数値がかなり下がっており、医者に「よくぶっ倒れませんでしたね」と驚かれたそうだ。諸々の検査の結果、大事には至らないようなので安心したのだが、ヘモグロビンということばを聞くと思い出すことがある。思えば僕の人生はヘモグロビンに振り回されてきた。
小学生の頃、大阪に住んでいた僕は、当時人気絶頂の笑福亭仁鶴(しょうふくていにかく)さんが、「ミーちゃん、ハ-ちゃん、キクちゃん、ヘモグロビンちゃん、みな寄っといで〜」というギャグを連発していたのを1日に数回は必ず聞いていたように記憶している。
ある日、ヘモグロビンの意味がわからず母親に質問したことがある。母親も知らなかったらしく、「それは毛はえ薬のこと」と小学生の僕にまことしやかに教えたのだ。それ以来、僕は、禿の人を見るたびに「ヘモグロビンをつければいいのに」というフレーズが脳内再生され、禿とヘモグロビンという言葉は、僕の頭の中で完全にシンクロするようになった。
ある日、学校でヘモグロビンの話題になって、「毛はえ薬のことやで〜」とまじめな顔をして言ったら、クラスでトップクラスの成績を収める須田くんが、「おまえアホか〜、ヘモグロビンは血液の中身やろ」と皆がいる前で僕の誤認識を正したのだ。こんなとき子供は残酷だ。いじめという対象を見つけたら最後、周囲の空気に付和雷同し、その対象を血祭りに上げる。
複数人の学友から、理屈に合わない言いがかりをつけられ以後、30分はいじめられた。ただ。当時のイジメは現状のそれとは多少性格が異なり、一種の儀式として存在した。まあ、通過儀礼みたいなものか。だから、30分を経過していい加減皆の興味が薄れると、イジメはパタッと止み。後は、何ごともなかったかのように普通に遊んでいた記憶がある。
以後、僕の中で、ヘモグロビンという言葉は、イジメの苦い記憶と共に内奥に封印されてきた。そして、今回、家人からヘモグロビンという言葉を聞き、その封印が一気の解かれ、ヘモグロビンにまつわるあらゆる記憶がフラッシュバックしているのだ。
それにしても、ヘモグロビンという言葉をギャグに織り込んだ仁鶴さんのセンスは凄い。大阪人は「へ」が頭に来ると、まずオナラを連想する。そしてその後に、モグロビンと続くわけだから、言葉を知らない人間は、意味不明ながら、妙な可笑しさがこみ上げる。そんなパワーを秘めた言葉だ。そして、正確な意味を知っている人は、ヘモグロビンにちゃん付けをしての突飛な使い方に吹き出す。
というわけで、今回、家人の大事を心配しながらも、苦くて可笑しい思い出が次々と記憶の棚からこぼれ落ちるたのだ。それにしても何故毛はえ薬だったのだろうか…






ロック少年だった僕は、中学、高校と英国のハードロックばかりを聴いていた。
今回は、お叱りを承知でカミングアウトしてしまいます。
山崎潤一郎が主宰するポッドキャスティング「
よく晴れた日曜日、東京の白金台にある

















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