プロフィール

フォトアルバム

山崎潤一郎

メールアドレス
yamasaki9999@gmail.com
Twitter:@yamasaki9999
血液型
O型
星座
蟹座
好きな音楽
70年代のロック
Little Feat、Jackson Browneあたりを中心にいろいろと聴きます。
でも実は、隠れプログレです。
「宮殿」のジャケット踏めません。でも、ELP「ラブビーチ」なら踏めます。
山崎潤一郎(やまさき・じゅんいちろう)
1957年生まれの蟹座のO型。
音楽制作業に従事する傍ら、IT系のメディアに寄稿するライターとしても活躍。日本に個人向けプロバイダーが登場した時代からインターネットを使いたおしネット系雑誌などで常に最先端の情報を提供してきた。Yahoo Internet Guide、日経コミュニケーション、@IT、西日本新聞などで執筆。さらに、株の取引を初心者向きに解説した「株の買い方・売り方が面白いほど分かる本」(中経出版)を執筆するなど、その守備範囲はネットだけにとどまらない。近著に 『ケータイ料金は半額になる! 』(講談社)、『iPhoneアプリで週末起業』(中経出版)
がある。


最近のトラックバック

2010年3月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

ヘモグロビンちゃんの思い出

Hbanimation2

最近、少し歩くと動悸息切れが激しい家人だが、検査をしてビックリ。血液中のヘモグロビンの数値がかなり下がっており、医者に「よくぶっ倒れませんでしたね」と驚かれたそうだ。諸々の検査の結果、大事には至らないようなので安心したのだが、ヘモグロビンということばを聞くと思い出すことがある。思えば僕の人生はヘモグロビンに振り回されてきた。

小学生の頃、大阪に住んでいた僕は、当時人気絶頂の笑福亭仁鶴(しょうふくていにかく)さんが、「ミーちゃん、ハ-ちゃん、キクちゃん、ヘモグロビンちゃん、みな寄っといで〜」というギャグを連発していたのを1日に数回は必ず聞いていたように記憶している。

ある日、ヘモグロビンの意味がわからず母親に質問したことがある。母親も知らなかったらしく、「それは毛はえ薬のこと」と小学生の僕にまことしやかに教えたのだ。それ以来、僕は、禿の人を見るたびに「ヘモグロビンをつければいいのに」というフレーズが脳内再生され、禿とヘモグロビンという言葉は、僕の頭の中で完全にシンクロするようになった。

ある日、学校でヘモグロビンの話題になって、「毛はえ薬のことやで〜」とまじめな顔をして言ったら、クラスでトップクラスの成績を収める須田くんが、「おまえアホか〜、ヘモグロビンは血液の中身やろ」と皆がいる前で僕の誤認識を正したのだ。こんなとき子供は残酷だ。いじめという対象を見つけたら最後、周囲の空気に付和雷同し、その対象を血祭りに上げる。

複数人の学友から、理屈に合わない言いがかりをつけられ以後、30分はいじめられた。ただ。当時のイジメは現状のそれとは多少性格が異なり、一種の儀式として存在した。まあ、通過儀礼みたいなものか。だから、30分を経過していい加減皆の興味が薄れると、イジメはパタッと止み。後は、何ごともなかったかのように普通に遊んでいた記憶がある。

以後、僕の中で、ヘモグロビンという言葉は、イジメの苦い記憶と共に内奥に封印されてきた。そして、今回、家人からヘモグロビンという言葉を聞き、その封印が一気の解かれ、ヘモグロビンにまつわるあらゆる記憶がフラッシュバックしているのだ。

それにしても、ヘモグロビンという言葉をギャグに織り込んだ仁鶴さんのセンスは凄い。大阪人は「へ」が頭に来ると、まずオナラを連想する。そしてその後に、モグロビンと続くわけだから、言葉を知らない人間は、意味不明ながら、妙な可笑しさがこみ上げる。そんなパワーを秘めた言葉だ。そして、正確な意味を知っている人は、ヘモグロビンにちゃん付けをしての突飛な使い方に吹き出す。

というわけで、今回、家人の大事を心配しながらも、苦くて可笑しい思い出が次々と記憶の棚からこぼれ落ちるたのだ。それにしても何故毛はえ薬だったのだろうか…

つり革にティッシュを残したまま去る人


昨日、乗った山手線。
つり革に捕まってふと横を見ると、隣り合う2つの丸い取っ手にティッシュがフチャクしている。【追記:つり革に「捕まって」どーすんねん。「つかまって」と読み替えてね】

そのフチャクの様子から、潔癖性の人が取っ手を直に触るのがイヤで、ティッシュを当ててつり革につかまったようだ。

気持ちはわかる。考えてみたら誰が触ったかわからない取っ手だけに直に触れるのはヤなんだろう。

ただ、後始末まで責任をもって欲しかった。
そのままティッシュだけ残して去るとは何事だろうか。

公園の不潔な大便所に流されずに残されたままのケツをふいた後のティッシュを奇想してしまい、おもわず写真を撮ったのでした。

ただ、車内にカシャッと鳴り響く疑似シャッター音が田代まさし的嫌疑をこの身に浴びる危険を感じつつのドキドキ撮影だったのだ。

あの電車はティッシュをつけたまま今も山手線をグルグルと回っている。
んなわけきゃないか…

ブログのアクセスを倍増させるには

私自身非常にズボラで怠け者な性格なのです。
スマッチのブロガーに限らず、日々、記事をエントリしている世間のブロガーのみなさんの熱意には頭が下がります。

いつもならアクセスランキングの下位に低迷している私の場合、1月のアクセスランキングでトップをいただいたのですが、実は、これは狙って仕掛けた結果です。

「iPhoneが日本で発売されない本当の理由とその打開策」の記事がアクセスを稼いでくれたのですが、

たまたま、アップルがiPhoneを発表したこもあり、

・このタイミングでiPhoneを取り上げて、
・日本導入の可能性に言及し、
・それっぽいタイトルをつけて、
・関連リンクをたくさん張って保存価値を持たせれば、
・「はてブ」やライブドアクリップされて
・IT親和性の高い読者からのからアクセスを稼げる、

という戦略に沿った記事を書きました。

この戦略はみごとに功を奏し普段では考えられないアクセス数を稼いでくれたわけです。

これを毎日やれば、膨大なアクセスを稼げるのでしょうが、私には、そのような能力はありません。

そんなわけで、ブログのアクセスを増やすための方法論や分析を以下に紹介します。がんばりましょう!

「一週間でアルファブロガーに成り上がる極意」

「アルファブロガーという和製英語」

ペットと聴くやすらぎの音楽の紹介

スマッチのみならず、NHK教育テレビ「趣味悠々 犬と暮らしを楽しもう」、NHKBS2「ペット相談」等でご活躍の獣医師http://blog.smatch.jp/drbutler" target="_blank">バトラー先生
と山崎潤一郎のコラボレーションワークがiTunes Storeでリリースされました。


「うちのこといっしょに癒されるクラシック名曲集」は、ワンちゃんねこちゃんとお家で過ごすときに、飼い主もペットもゆったりとした気持ちになれる、心地よいクラシックの名曲を集めたアルバム(3タイトル同時発売)です。





うちの犬(こ)といっしょに癒されるクラシック名曲集 「月の光」
(獣医師 井本史夫がすすめるペットと聴く音楽)
icon



うちの犬(こ)といっしょに癒されるクラシック名曲集「アンダンテ・カンタービレ」
(獣医師 井本史夫がすすめるペットと聴く音楽)
icon



うちの猫(こ)といっしょに癒されるクラシック名曲集「亜麻色の髪の乙女」
(獣医師 井本史夫がすすめるペットと聴く音楽)
icon


有名曲の有名セクションをストリングス中心小編成オケ(20〜30人)のオリジナルアレンジで演奏されています。

・バッハ「G線上のアリア」
・チャイコフスキー「アンダンテ・カンタービレ」
・ドビュッシー「夢」
・マスネ「タイスの瞑想曲」

などの安らげる曲が各16曲収録されて900円とお得です。


演奏は、「東京シティー・ポップ・ストリングス」です。といっても、実存するオケではなく、このアルバム企画のために命名されたオケです。のだめオーケストラみたいなものですね。

ここだけの話しですが、誰でも知っている超一流オケのメンバーによるアルバイト参加によって構成されていますので、演奏はバッチリです。アレンジは、NHK名曲アルバム等でおなじみの作曲家石川皓也氏です。



残念ながらCD販売の予定はなく音楽配信専用企画ですが、以下をクリックして視聴、そしてダウンロードしてご堪能ください。

再生ソフト「iTunes」は無料で取得可能です。

白いギターは狂気と破壊の象徴

ロック少年だった僕は、中学、高校と英国のハードロックばかりを聴いていた。

当時、NHKで「ヤングミュージックショー」という海外のロックバンドのライブ映像を流す番組をやっていたのだが、そこで初めて見たディープ・パープルのステージはとにかくかっこよかった。【文末に訂正があります。】

その時、ギタリストのリッチー・ブラックモアが弾いていたのが白いストラトキャスター(略してストラト)だった。それが、僕とストラトとの出会いだ。

ギターを弾き始めたばかりの僕は、当然のことながらストラトが欲しいと思った。色はやっぱり白だ。

でも、当時の値段で20万円弱の高級輸入エレキギターを、1中学生が買えるわけがない。大人になった今だって、そう簡単には買えない。

結局僕は、親戚のお兄さんがエレキブームの頃に使っていた国産のお古のギターを借りてせっせと練習に励むことになる。

その当時、多くの大人達がロックに対して抱いていたイメージは、退廃、破壊、セックス、ドラッグといった言葉を連想させるものだったように思う。つまり、反社会的にシンボライズされた音楽であり、普通の人から見れば、ロックバンドは、不良というカテゴリーに入れるべきものだったのだ。

ご多分にもれず僕も校則に違反して髪を長くのばし、大音響でギターを弾いていた。だからといって、不良だったわけではなく、退廃、破壊、セックス、ドラッグとは無縁な、平和でほのぼのとした純真無垢な高校生活を送っていた。

ただ、当時のロック少年の多くがそうだったように、ロックという音楽を聴いたり弾いたりする楽しみ以外に、反社会的な音楽としてのロックをやっている自分に酔っていた部分もあったことは確かだ。

今の若い人がこういう感情を持っているのかどうかは、わからないけれど、当時の十代は、多かれ少なかれ、反社会的な状況に自分の身を投じることそれ自体を一種のファッション(自己表現といってもいい)としてとらえていた節がある。

ある友人は成田闘争に参加し火炎瓶作りに精を出し、ある友人は暴走族に入って週末の夜になるとスピードに酔いしれていた。



当時のロックが"破壊"というイメージと結びつけられていた最大の理由に、ミュージシャンがステージ上で機材を壊すというものがある。

リッチー、ジミヘン、フーといった面々が、最後の曲も終わろうかというクライマックスにさしかかると、床にギターをたたきつけたり、アンプをひきずり倒したりと、まともな社会人が見たら「なにもそこまでしなくても……」と思うようなことをやっていた。

観客は、それに触発されてよりいっそうの興奮に身を投じることになる。ただ、僕にはそういったステージを見る機会がなかなか訪れなかった。

それでも、そういう映像を見たり、そういうことをすると聞いただけで、青春の血を煮えたぎらせて、熱い情念のほとばしりを覚えたものだった。青いなあ.……。

しかし、18歳の12月、リッチー・ブラックモアズ・レインボーの公演でついにギターぶっ壊しの瞬間を見ることになる。アンコールの2曲目になるとリッチーは、白いストラトを床にたたきつけて壊してしまったのだ。

あのときばかりは、イスの上に立ち上がって腕もちぎれんばかりに拳を振っていた記憶がある。リッチーは、やっぱり期待を裏切らなかったという感謝の念と、高価なギターを平気で壊した「やっぱ、ミュージシャンってお金持ちなのね」というあこがれの気持ちで、心の中を幸せな気持ちでいっぱいにして帰路についた。



実は、この話には、後日談がある。僕はリッチーに裏切られた気持ちになってしまうのだ。

それから1カ月程して、レインボーの公演の模様が『ミュージックライフ』という音楽雑誌でリポートされていたのだが、そこには、有名なロック評論家が冷めた論調で、「リッチーはアンコールになると日本製の安いギターに持ち替えて、お約束どおり破壊した」といった文章が書かれていた。

その文章を読んだ瞬間に僕はすべてを悟ってしまったような気になった。
そうかあれは、単なるショーだったんだ、と。

それまで、無意識ながらもギターぶっ壊しが、ミュージシャンと観客が一体となってクライマックスに達した瞬間に行なわれる一種の神聖な儀式のようなものと考えていただけに、ひどくガッカリしたのを覚えている。

そして、その瞬間から僕はロックに対して大人になったような気がした。18歳の冬の出来事だ。

その後、紆余曲折があって、ギターから離れていた僕がオヤジバンドを始めた。はじめのうちはバンドの練習に、古い日本製のストラトを使っていたのだが、熱い夏のある日ふと衝動的に入った渋谷の輸入楽器店で、白いフェンダー社製ストラトを買ってしまった。値段は中学生当時と同じ位の20万円弱。

出会いから30年以上経った今も白いストラトは、僕にとって特別なギターだ。

【このコラムは以前ビッダーズのメルマガで発表したものを加筆改筆しました】

【ヤングミュージックショーでリッチーが弾いていたのは黒のストラトとギブソンES335でした。記憶違いがあったようです。ウッドストックのジミヘンと記憶が混乱しているのかなあ…】

ビートルズの“新作”「LOVE」に思う



“新作”だというので期待して聴いたのだが、ちょっとがっかりした。

ジョージ・マーティンの息子が昔の音源を「解体」してまた組み直したという前評判を聞いていたので、かなり進歩的なマッシュアップ(リミックス)がされているものかと思っていた。


マッシュアップされたホントの新作が聴けるものだと思っていたのだが、内容的には昔の曲が普通に流れているだけ。まあ、細部には手を加えられているが、それはミクロの話であってマクロ的には何も変わってない。


これを「新作」というふれこみで売るレコード会社に商魂には参ってしまう。まあ、ポール、リンゴ、ヨーコなど縁の人たちも公認と大きく宣伝し、過去の資産を上手に使い回して商売するやり方は、権利ビジネスの神髄というか王道だから仕方ないか。


もっと大胆にマッシュアップして原型を留めぬくらいに徹底的に作り替えて欲しかった。


そういえば、先日30代のビートルズファンとを話していて、思わず退きまくったことがあった。
というのは、ビートルズをほとんど神格化して、崇拝するらしているのに驚愕したからだ。


リアルタイムで聴いていた世代としては、オイオイ、そこまで言うかね、というくらいの心酔度だ。確かに偉大な4人組であることは認めるが、それは他にもたくさんいる偉大なミュージシャンから頭1つ出たくらいの偉大さであって、ゼッタイに神ではない。


この4人組も100年後にはヨハン・セバスチャン・バッハと同格になっているのだろうか。

「民度が低い」てどういうこと?

今回は、お叱りを承知でカミングアウトしてしまいます。

「民度」という言葉があります。本来は、立憲民主主義の下での主権者としての自覚の程度を意味する場合が多いのですが、一般的な使われ方としては、その国の国民やその地域の住民を指して、バカにしたり侮蔑する言葉として用いられることが多いようです。

実は、先日、地下鉄を利用した際、東京の東方面の私鉄から乗り入れて来る車両が来たので乗りました。座席に座って、ふと広告を見ると法律事務所の広告が3つも目に飛び込んできました。そのすべてに「自己破産相談」の文字が見えます。正直、それだけ需要があるのかと驚きました。

私は横浜市に住んで川崎市のオフィスに通勤していることもあり、東京以西の私鉄にはよく乗ります。そのことがあって以来、意識して法律事務所の広告を探すのですが、今のところ見つかりません。こちら方面ではそのような需要は少ないようです。

そのとき、私の中に「東京以東の私鉄沿線は民度が低い」という言葉が浮かんでしまいました。この言葉を誰から教えられたわけでもありません。しかし、どこかで読んだ本にあったのでしょう。自然に頭に浮かんでしまったのです。

反省しました。自己破産相談の広告の枚数を尺度に侮蔑的な意味としての「民度」という言葉が頭に浮かんでしまう私こそ、文化的にも教養的にも「民度が低い」わけです。そのような法律相談を頼る人を高見から見下す思考が私の中に芽生えていたことを恥じるばかりです。(写真はイメージです)

W杯、テレビばかりがノウじゃない!

連日の深夜枠放送で寝不足が続くここ日本からのW杯観戦ですが、ネットでダイジェストシーンを楽しむのも一考です。

某大手広告代理店とテレビ局が運営するこのサイトは有名ですが、ユーザー登録やらなんやでちと面倒。

そこで、登場するのがご存じYou Tube。このサイトに行って、「world cup 2006」とでも入力して検索すると、あるはあるは、世界中のユーザーが勝手にアップロードしたW杯画像が楽しめる。

ここで You TubeにW杯関連映像があるよ、と紹介するということは、厳密にいうと、FIFAに対する権利侵害を幇助していることになるのかもしれないけど、でも、これってネットのダイナミズムだし止められないよね。

ネットの著作権に詳しい人がいたらそのあたりのことを教えてください。

ポッドキャスティングに河内さん登場!

山崎潤一郎が主宰するポッドキャスティング「70年代クラブ」にスマッチ編集部の河内さんと彼のニイヅマに登場してもらいました!

河内さんは、1973年生まれですが、大学の卒論で70年代ヒッピー文化とインターネットの関係について取り上げて、その先進的な論理が理解されず当落スレスレで卒業できたという人です。

彼のネットへの熱い思いが込められたトークが炸裂してます。ぜひ、お聴きください。

旧朝香宮邸のアール・デコ様式

よく晴れた日曜日、東京の白金台にある旧朝香宮邸(現東京都庭園美術館)に行ってきました。目的は「北欧のスタイリッシュ・デザイン」という歳事の見学だったのですが、イマイチ面白くありませんでした。

しかし、始めて入った旧朝香宮邸の建物には感激しました。特にその内装は、日本では数少ない豪華なアールデコ・スタイルで、いやすごいですわ。

といっても、パッと見てわかる絢爛豪華というわけではなく、フランス人デザイナーと当時の宮内庁の技師や匠のコラボレーションが見事に結実して、シックで落ち着いた印象ながらも、子細に見ると、技術と時間が存分に尽くされており、本当の贅沢とはこのことかという印象です。

とくに、入り口のガラス扉は、ガラス工芸で有名なラリックの作で見事というほかありません。

それと、壁や天井はおろか、全てのドアの枠まで、角という角、淵という淵に丁寧に編み込まれた組紐を連想するモールが張り巡らされており、これが実にスバラシイ!

それも単に上から張ったのではなく、紐の直径寸法に合わせてしっかりと、凹が作られています。妻と思わず顔を見合わせて、「○○さん(わが家を担当した棟梁の名前)に、これと同じ物作ってと頼むと、メンドーな事言うな!って怒られるね」と話したものです。

その他にも、ライト類、ラジエターカバー、デスクなど、そこにある物ひとつひとつに匠のこだわりが感じられ脱帽ものです。

そして、7月18日からは、「旧朝香宮邸のアール・デコ小客室新規公開」という展示が組まれており、この見事なお屋敷をメインに見学できるそうです。楽しみ。

明日は、妻がこのお屋敷の内親王の部屋で感じた不思議な感覚についてお話します。ちなみに、妻はシックスセンスが強い方です。

風が強い日はいろいろなモノが飛んでくる


風が強い日はいろいろ飛んでくる。
今日は、遅咲きの桜の花びらが車庫やらクルマの上やらに舞い散ってそこらじゅうがピンクの小さな水玉模様状態になっている。

写真は、先月の強風の日にどこからか敷地内に飛んできた傘。ひょっとしたら持ち主が前を通のではないかと、2日間ばかり敷地内の電柱に張り紙をして、傘をぶら下げておいたが、誰ももっていかなかった。

傘って、捨てるの面倒なんだよね。金属の骨と布の部分を分別して捨てないと、横浜市は収集してくれないのです。

日本人のDNAに刷り込まれた花


【世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし】在原業平

というわけで、世間様は明るい日の光の下でドンチャン騒ぎ。近所の公園ではカラオケまで登場して下手な演歌をがなっている。ちょっとは近所迷惑を考えろ! 花見なら無礼講だと思っているのだろうか。

【願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃】西行法師

花というのはこのような清い気持で愛でるものなのだ。大酒飲んで人に迷惑をかけるものではないのだ。

ブログに動画を取り入れるツール

電動シャッター、シーリングファンなど、家の機能を動画で紹介したい場合があります。ネタフルのコグレさんがブログに動画を取り入れるツール「You Tube」を紹介しています。

これならブログのサーバーに負荷をかけることなく、自分のブログに動画を取り入れることができます。

というわけで、試しに我が愛犬の動画を載せてみました。

これがシロッコ型換気扇の全貌だ!

大げさなタイトル付けちゃいましたが、建築中の写真アーカイブを眺めていたら、換気扇を作る途中の写真があってので、とりあえずご紹介しておこと思っただけです。


換気扇にはファン型とシロッコ型があって、わが家はシロッコ(写真)です。詳しくは以下のサイトをご覧あれ。
知っているようで、よく分からない?! キッチンの換気扇に注目!by AllAbout

それにしても、シロッコなんて、アラビアから地中海を渡る南風と同じ名前ですね。さわやかな風をイメージしますが、さっき、換気扇のダクトの出口の下を通ったら、油のニオイがしました。妻が炒め物してました。

ダッチオーブンでお菓子作り


庭でダッチオーブンってもんに挑戦してみました。
まずは簡単だと言われる「ブラウニー」というお菓子作りに挑戦です。
小麦粉と卵とバターとナッツ関係と砂糖をグニュグニュと混ぜて30分くらい焼くだけでできあがりです。
コツは、上蓋に炭をのせて上からも熱を加えることです。香ばしい香りがまわりに漂い、道行く人が「あらっ」とか言って注目します。
生クリームとバナナを添えておいしくいただきました。
近隣とのコミュニケーションや家まわりの手入れなど、戸建て特有の煩わしさを感じたとき、やっぱりマンションがよかったかなと思う時もあるのですが、こういうことが出来るのは戸建ての良さかな…

ベニヤに書かれた簡素な図面


家は、基本的に設計図をもとに建築が進められるのですが、現場の人たちは詳細な部分を作り込む以外は、写真のような基本的な図面しか見ていないようです。

この簡単な図面をもとに、工務店の管理責任者が棟梁に口伝で指示を出しながら進められます。初めは大丈夫かなと心配でしたが、ちゃんとこちらの希望が伝わって、その通り工事が進んでいくので、まあなんというか大したものです。

ちなみに、写真の図面は、ベニヤの板に直に手書きされており、これが柱に打ち付けてありました。棟梁だけでなく、電気工事など他の職人さんもこれを参考にしながら現場で作業をしていました。もちろん。ちゃんとした設計図は別に存在します。

ホリエモンのスモーク缶は無事か?

前にもチラッと書きましたが、時の人、ホリエモンさんは、スモークの趣味があります。
六本木ヒルズに家宅捜索が入って、スモークのチップやらピックル液が押収されていないか心配!
んなわけないか…
ちなみに、自慢のフェラーリは、押さえられていないだろか。

昨年、ブログについてタップリお話させて頂きましたが、誠実で良い青年なんだけどねえ。

簡易防音の落とし穴


私の自宅に設けた仕事場は、簡易防音処理をしてあります。
カラオケ室なんかに用いられる手法で、部屋を防音シート(上の写真の黒いやつ)で覆い、窓は二重ガラスのサッシ(下の写真)を使います。

音楽を流したり、簡単な録音をすることがあるので、工務店にお願いしました。外からの音も普通の家以上には、しっかりと遮断されています。
また、エレキギターを大きな音で弾いても、外には微かに漏れる程度です。


しかし、とんだ落とし穴がありました。
2階にある仕事部屋の南の壁は、1階の傾斜天井のダイニングの高い位置の壁と表裏の関係にあります。

一応防音シートはしてあるものの、ダイニングの音がけっこう気になる程度に漏れてくるのです。つまり、外との遮音は満足なのですが、家の中との遮音がイマイチだったのです。

ギターを録音しているときなどダイニングでイヌが鳴いて、録り直しなんてこともあります。部屋の防音を考えているのであれば、その部屋はダイニングやリビングから遠ざけるとか、間取りにも気をつけないといけませんね。

お正月と家(とスモーク)



年末とお正月用に肉をスモークしてみた。
ピックル液に1週間ほど漬けた後、塩抜きした豚のバラ肉でベーコンを作った。

ただ、スモークという作業は、あたりまえだが煙が出る。場合によっては近所迷惑なくらい出る。

以前の家でもスモークしていたが、近所迷惑を考え遠慮しながら細々とやっていた。しかし、今は違う。その理由は…。
自宅の東と北の隣は、大きな敷地内に畑を持つ地主さん。なので、農作業のものと思われる焚き火の煙が上がるのは、珍しいことではない。

というわけで、私が少々スモークの煙を出したくらいでは、誰も何も感じないだろう、と勝手に決めつけて、モクモクと心おきなく燻させてもらった。

おかげでこんなに美味しそうなスモークドベーコンが出来上がりました。

余談だが、ホリエモンも、スモークの趣味があると、何かに書いていた。六本木ヒルズのマンションのベランダで煙りを出すのだろうか? 消防車が飛んで来そうだ。

棟梁が使っている道具


私は日曜大工の趣味はありません。でも、もし、それが好きな人なら住宅建築の工事現場というのは、興味の対象の宝庫なのかもしれません。特に棟梁が使っている道具を見るだけでも楽しいものでしょう。

デジタルの時代になっても、棟梁が使っているツールは、古き良き時代のものが連綿と受け継がれているようです。中でも現場で家族でワーッなどといって大騒ぎしてしまったのが、この「墨つぼ」木材に直線を引くときに使うものです。
あまりに感激するので、棟梁が実演してくれました。木材の白い地肌に一瞬にして現れる一本の墨線。みごとです。インターネットの時代になっても、変わらないものはあるのです。

と思っていたら、外構工事の際、玄関部分の階段の水平を出すためにと、工務店がレーザー光線式の器具を持ち出して来ました。レーザー光線が照射されて地面や壁面に水平の線が現れます。最新の器具に進歩している部分もあるのですねえ。

液晶テレビの地震対策


約3年半前に死ぬ思いで購入した液晶テレビ(当時は高かった〜)がある。
家財道具の中で最も高いものだけに地震で倒れて壊れたら泣くに泣けない。

そこで、引っ越し業者のCMで有名な転倒防止用の防震パッドを購入したのだが、テレビの足のウラが面になっていないため使えない。

このテレビには、転倒防止用のフックとヒモが付けられるようになっているのだが、それを利用するとなると、壁かテレビ台に穴を開けて固定用のフックを付ける必要がある。なるべくなら穴を開けたくはない。
どうしたものか悩んでいるうちにも、いつ地震が襲ってくるかわからない。そこで、とりあえず、ということで夜寝る前や出かける際に、ダイニングテーブル(キャスター付き)をテレビの前に移動させて緩衝材としてクッションを噛ましておくようにしている。

これなら倒れて液晶画面が破壊されることもないだろう。ただ、いちいち面倒だし、ときどき移動させるのを忘れてしまう。やはりちゃんとした対策を講じる必要がありそうだ。

液晶テレビは倒れやすいので気をつけてくださいね。

一戸建て派vsマンション派

「田舎に家をたててみた」の井上さんが「今は一戸建てがよいけれど」でおっしゃっていることと同意見です。
今は戸建てですが、65歳になったら都心のマンションに引っ越す予定です。

犬を飼いたかったり、妻がガーデニングに凝っていたりするので、3年前に家を建てたときはマンションという考えはまったくありませんでした。しかし、実際に暮らしてみると、家のまわりの細々としたことなど、けっこう雑用が多いのに驚きます。

若いうちはいいけど、年を取ると億劫で何もしなくなるだろうなあ、と容易に想像できるのです。また、家が傷んでくるとそれなりにお金もかかりますしねえ。このあたりは、「みるみるわかる住宅ローン」の菱田さんが「一戸建ては、将来の修繕を自分の判断で行う必要があります」って、書かれてますが、確かに、「足場を組んで壁を塗り替えただけで100万円はポンと飛んでいく」なんて話を聞かされたりするので、不安です。

で、前出の菱田さんが言うように「今後土地の価格が上がるなら、土地部分だけでもそれなりの価格で売却することができる」という期待に一縷の望みをかけて、65歳マンション引っ越し説を唱えているわけですが、果たして昔と違って土地神話が崩れた昨今、そんなに話がうまく運ぶとは思えないので、またまた不安ではあります。

とは言え、2年後に地下鉄が開通し駅まで3分で行けるようになるので、そこにも期待がかかっているわけで、65歳までにローンを完済し、ポンッと土地を売却してそのお金で、みなとみらい21あたりに海の見えるマンションを買うのが夢です。おっと、土地の価格が今のウン倍にならないと、無理な話かも…。 世の中そんなに甘くないですね。

こんな家に住みたい


「住めば都」とはよく言ったもので、あれこれ悩んで紆余曲折の末に家を建ててしまうと、頭の中が思考停止状態に陥るのか、この家が理想の家に違いないと思い込んでいる自分がいます。

しかし、「住めば都」は1年まで。その後は、それまで意識の中で無理矢理封印した不満箇所に対する思いがムクムクと音を立てて膨らみ始めるのがわかります。それは、コンセントの位置といった小さな事から、外壁の色や素材、屋根の形に至るまで、多岐に渡ります。
で、思うのです。
「次に家を建てたらもっと良い家ができる」
と。

友人知人にこの話をすると、誰もが多かれ少なかれ同じ気持を抱いているようです。まあ、それはそうでしょう。設計当初は、さまざまな制約の中で、少しでも理想に近づけようと努力はするものの、それらはしょせん机上論でしかありません。

実際に生活を始めてみると、こんなはずじゃなかった!という面はたくさん出て来るのは致し方ないでしょう。

だからと言って、設計時に理想に近づける努力を怠ってはいけません。多くの住宅展示場に足を運び、あらゆる物件を見学し、気になる個所はデジカメでこまめに撮影し、メモを取ります。

そして、その中から取り入れたいと思うようなモノがあれば、すかさず建築業者に相談します。建築業者もプロとしての意見を言ってくれるでしょう。

ただ、こんなに努力して、時間を割いて検討し、そして出来上がった家でも、住み始めると多くの不満が残るものです。

「こんな家に住みたい」という思いは、理想と現実、希望と悔恨の狭間で、その振り子を大きく揺らします。

『建もの探訪』に紹介される(ことのない)家を建てたい


閑話休題です。
本格的な設計に入る前、どんな家にしようか、あれやこれやと悩んでいる時期はそれなりに楽しいものです。そんなときは、雑誌やテレビの情報も参考にすることも多々ありました。

毎週見ていたのがテレビ朝日の『建もの探訪』という番組です。この番組では格好良くて、オシャレで、家主の思い入れタップリの家が多数登場して、それはそれは羨望の思いを胸いっぱいに溢れさせて毎週チェックしていたものです。

そして、その思いは最高潮に達し「よしっ!『建もの探訪』に紹介されるような家を建てたい」というふうに変化するのはあたかも自然なことでした。
ただ、毎週毎週回を重ねて見ているうちに、なんとなく違和感を覚えるようになったのです。
その違和感とは、「確かにテレビ的には面白いけど、実際に日々生活してどーなのよ」という感覚です。例えば、家の中に、ある機能に突出した部分があるとしましょう、確かにその面では便利ですが、それ以外の局面では結構不便でうっとうしいのでは?と思えるような部分も、テレビ的な目線で礼賛されているのです。

もちろんすべてがそのようなものばかりとは言いません。しかし、ここで紹介されている数々の「カッコイイ」部分を盲目的に取り入れたらさぞかし住みにくい家になるのだろうなあ、という思いが強くしてきたのです。

確かにテレビ企画なので、普通の平凡な家を紹介しても面白くないのは重々承知しています。その証拠に、この番組的タブーとして、「ユニットバスやシステムキッチンはダメ」というのがあります。

番組的に最も喜ばれるのは…、

「これは、海外に旅行した時に購入した蛇口と洗面槽です。大工さんにお願いして取り入れてもらいました」

「『この厨房は、プロ用のものを特別に導入しました』 休日には台所に立つというご主人の徹底したこだわりが感じられるキッチンがここに結実した」
とか
「設計士さんにお願いして、実家を解体したときのタイル壁の一部をここに取り入れてもらいました」

といった、こだわりのあるものでなくてはならないのです。

ごくたまに、ユニットバスやシステムキッチンを使った家が紹介されていることがありますが、素通りされるか「〜の理由でユニットバスを取り入れた」と釈明が入ります。

しかし、私的には、住宅建材をいろいろと研究した結果、例えばお風呂には、ユニットバスを導入しようと決めていました。それは...、

「お風呂掃除の苦労から少しでも解放されたい」

という理由です。わが家では伝統的にお風呂掃除は私の仕事です。だから、換気システムがしっかりしており、カビが生えにくく、掃除も楽なものを追求した結果、ユニットバスがイチバンという結果にたどり着きました。

おかげで、採用したタカラスタンダード製バスのホーロー製の壁面は、カビが生えることなく、汚れもさっと一拭きするだけで取れます。以前の家で苦労していた、タイル目地のカビとの格闘から解放されたのです。

システムキッチンにしてもそうです。限られたスペースで機能的に収納もたくさんあるものを望むとどうしてもシステムキッチンの優位性が際だつのです。

そんなわけで、私の思いはいつしか「『建もの探訪』に紹介されることのない家を建てたい」に変わっていったのです。
で、いろいろと試行錯誤を繰り返したあげく、間取りにしても外観にしても、結果的に「普通の家を自分流にアレンジした」程度の家に仕上がったのです。

今では、多少の後悔や不満はあるものの、自分が考えて考え抜いた家に大満足しており、そういう意味では、『建もの探訪』が反面教師となって、私に教えてくれたものは非常に大きかったと思っています。

地鎮祭


ここでちょっと閑話休題。
シキタリのようなものは、家を建てるという本質とはあまり関係ない気がするので、省いてしまえばよかったのですが、「やらないと職人がいやがる」とか、「縁起がよろしくない」といった、意見を聞かされるたびに、「やっぱ、やらなきゃマズイかなあ」という気になってきました。

そんなわけで、私も地鎮祭を行なうことになりました。7月のド晴天の日に神主さん以下、工務店関係者、親族等総勢20人はいたでしょうか。大騒ぎでした。でも、こんな経験初めてなので楽しかったです。

テレビなんかで橋やビルの起工式が映ると、オジサンが木製の鍬を円錐状の砂山にグサッって刺してますが、「クワ入れ」という、あれをやりました。工務店の社長が、「エイッ!」って大きな声で言ってね、というので、それは面白い!とばかりに、大きな声で「エイッ!」と言ってクワを砂山に刺したのです。

ちなみに地鎮祭にかかる費用は工務店持ちです。まあ、建築費に含まれているのでしょうが…
神主さんには3万円の玉串料をお渡ししました。偶然にも娘の初参り(13年前)のときの神主さんでした。